ストレスという言葉が日常的に使われるようになって久しいのだが近年では「サラリーマンにはストレスが多い」などと用いるのが普通です。
このストレスなる言葉、たいてい「心の悩み」「心に与えるよくない影響」という意味に使われているようです。
そこで私もこの言葉の語源はどこからきているかを少し調べてみました。
そうしたら元は機械工学の専門用語だったという事がわかりました。
この語源を知る人は医者の中でも最近では余りいないようです。
現代に満ち溢れる「ストレス」なる言葉が小学生から大人まで気軽に使われるので語源まで知らなくてもよいのですが、語源の意味やどこから生まれた言葉なのかを知ると言葉に意味が深まってきて、その分理解が早くなります。
この言葉、物体に加わった外力に対し反発力によって生じる歪みのことを意味しているらしいのです。
これをカナダの生理学者(ハンス・セリエ)が人間の身体に当てはめて学説を発表したようです。
それが有名な「ストレス学説」になったのだそうです。
人間の身体に外部から何か刺激が加わると、そのままでは身体の以上が起きてしまうので、その外部からの刺激に抵抗して、身体を守るような反応が自然と起こるという訳です。
そこで話しを進めていくと・・・ストレスが強すぎたり、長く続きすぎたりすると、適応能力が耐えられなくなってしまい、ついには病気になってしまうのだそうです。
ハンス・セリエの学説は元々はこういう内容だったそうです。ストレスの意味がなんとなく分かるような気がします。
そこで私は物の本を少し読み進めていきましたところ、恐怖、不安、対人緊張、自由の拘束、といった精神に及ぼす刺激も、人間にとってストレスになることが分かってきました。
このような刺激も度を越すと心と身体を病的な状態に陥れるのだそうです。
ですから最近ではストレスはもっぱら精神に加えられる外部からの刺激という意味に使われているようになったようです。
このストレスなのですが、戦前は心の病気の主役は間違いなく若者であったようです。
団塊の世代に近い前後の人達なら知っていると思いますが、倉田百三の悩みも、芥川龍之介に悩みも、みんな青年期の心の問題だったと思い当たることと思います。
太宰治だってそうです。あるいは当時の学生には、人生とはなにかと哲学的に思い悩んで華厳の滝に飛び込んだ若者もいた。
これらはいずれも当時の言葉でいう精神衰弱にとりつかれた、青白きインテリ青年だったのです。
今思えば哲学的に悩む当時の純粋な精神には程遠く、現代の悩みは複雑で深いものです。
現代社会では、かっての青年たちの心を襲った心の病が働き盛りの中高年に起こるようになってきたようです。
孔子は「四十にして惑わず」と言ったが、現代はみんな惑わされています。
心を病んでいる主役は、明らかに中高年はもとより少年から定年世代、シニア世代や老人にも移ったようです。
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