私は皆に頑固者と呼ばていれるシルバー世代なのだが、家の嫁は、見た目は若いが息子よりも５歳年上で私でも驚く程の頑固者シニアだ。嫁に来た当初から、と云うか息子と交際し始めて家に挨拶に来た時から驚きの連続だった。顔が童顔なので気を抜いた私がバカだった。敵、いや、嫁は歯に衣着せぬ物言いをする子で、今まで誰も私に意見した事が無いような領域にまで口を出してくる。腹も立つが、実は、私はそんな嫁が愉快でならない。

二月ほど前、手の震えや物忘れが酷くなり自分でも不安になっていたのだが、病院嫌いなので妻に愚痴りながらも病院へは行かずにいた事があった。
妻に聞いたのか、嫁が凄い剣幕で我が家に乗り込んできた。いつもはきつい物言いをする嫁も心配してくれたのかと思うと少し嬉しい、そう油断していると「壊れた爺さんを修理に出しに来た」と言うのだ。言うに事欠いて壊れた爺さんとは何事だ！　怒り心頭の私だが「全壊されたら迷惑だ」と嫁に言われ、そうだな、全壊したらやはり子供達にも妻にも迷惑が掛かる、と少々の反省をし、渋々嫁の車に乗せられて病院に行った。

軽い脳梗塞だった。嫁は医者にも容赦はしない。日頃の注意事項とトレーニング方法等を解り易く書き出して寄こせと言っている。「先生の長い説明を聞いて年寄りが覚えられる訳がないじゃないですか、おまけに壊れてるのに」と言い放ったのだ。医者も嫁の迫力に負けてすぐさまプリントを始めて手渡してくれた。

帰りの車の中で私がその事を注意すると「お医者さんは偉い人なんかじゃない、ギブアンドテイクなんだからやる事をやってもらうのは当然の権利だ」と言っていた。一理有る。
そうだな、何故か私達世代は医者と言うものに特別な意識を持っているが、身体を修理して貰い、代金を支払っているのだから媚びへつらう必要はないのだな、とも思えてきた。嫁は医者にきちんと礼も言っていたし、無礼な事はしていない。ぼんやりと考えていると嫁から次の提案が出された。

「お義父さんには運転を止めて貰う」と言うのだ。最早これは提案ではなく命令だ。私は怒鳴り声をあげ嫁に抗議した。「大声を出す事や、直ぐに平常心を保てなくなるのは前頭葉が損傷している証拠だ。子供も前頭葉が未発達なんだよ、それと一緒だな」とぬかす。「我慢できるのが大人だよ」とも言った。嫁は更に話しを続ける。今の私が運転する事の危険性、第三者への危険性、運転に伴う周りの人の心労などについてだ。

嫁に来た時から、ああだ、こうだと実の娘以上に私の事に口を出してきた嫁だが、話の内容には力が有る。私を本当に心配してくれているのが解るのだ。車が無くては不便なので、ペーパードライバーの妻が運転手を務める事になった。病院までの道のりに、子育てと仕事で忙しい中、一か月間嫁が付きっきりで妻の運転指導をしてくれた。

定年後に始めた庭師の仕事も辞めざるを得なくなって、気落ちしている私のところに時々嫁が顔を出す。相変わらず小さな事で言い争うが、嫁が来るだけで気持ちが明るくなるのだ。軍配はとっくに上がっている。そう、遥か以前からずっと嫁が連勝を続けているのだ。

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