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相続連続小説「あいつづく」 【第2話】

2016/2/1 

相続連続小説「あいつづく」

夏子ヘミング
【第2話】
母さよの葬式の翌週、繁田光男は角田法務事務所を訪れていた。
事務所は祖師谷の商店街にあり、光男の自宅からもそう遠くない場所にあった。

さよの死後、遺品の中にここの主である司法書士の角田のセミナーの資料を見つけた。
さよは自分の死後に備え、相続の準備をしようとしたことは間違いない。

しかし、さよの遺品の中から遺書らしきものは見つかっていない。
このままでは兄弟同士の醜い相続争いが避けられない。角田なら何か知っているかもしれない。光男は藁にもすがる思いで角田に連絡したのだった。

「はじめまして、司法書士の角田です」

角田はスラリとした長身で若者らしい気勢を感じる男だった。
光男を懐かしい顔でも見るような笑顔で迎えた。
角田はさよへの弔いの言葉を述べたあと、手元の手帳を確認しながらいった。

「繁田さよさんは不動産とお墓は同居している光男さんに任せたいと思っておられたようです。
ご主人が苦労して買った家を子ども達が売却して分けてしまうようなことはさせてはいけないといっていらっしゃいました。
ご主人が亡くなってしばらくのころ、相続の準備を始めようと、最初は遺言書の書き方を勉強しにこられたのです。

しかし、勉強が進むに連れ、繁田さんは家族信託という相続方法に興味を持たれ、それを望んでいらっしゃいました」

「家族信託?」

「聞きなれない言葉だと思います。
家族信託ならば遺言と違って光男さん以外のご兄弟が主張するであろう遺留分についてもあらかじめ取り決めをしておくことが出来ます。
それによって不動産を売却して遺産分割するという方法を防ぐことができます。

また、月いくらという風に介護の貢献度に応じた相続分の決定なども話し合って決められます。
セミナーで家族信託を知ったさよさんは家族信託の手続きを進めようとされていたのです」

「家族信託というのは、俺ら兄弟全員で話し合って決めるというのですか?」

「そうです。光男さんとご兄弟全員が合意の上で契約を締結する形になります。
そのためにさよさんはご家族皆さんで集まれる機会を見計らっていらっしゃるようでしたが、そうこうするうちにご連絡が途絶えたので――そうですか、認知症を患われたのですか」

角田は誠実そうな太い眉を寄せ、残念そうに唇を噛んだ。

光男は母のさよが認知症を患う前、正月にも、父昭三の三回忌にも兄の達郎や妹の美津子を呼ぼうとしたことを思い出した。

しかし、全員が揃うことはなく、さよ自身が認知症を患い、そのまま施設に入所してしまったのだ。
さよは兄弟助け合って仲良くしろ、喧嘩をするな、といつも言っていたが、お世辞にも兄弟仲はよいとはいえなかった。
さよは相続で兄弟同士が争わないために準備しようとしたのだろう。

しかし、結局間に合わなかったのだ――祖師谷の家を売るわけには行かない。
そのためにこれから兄妹と対峙していかねばならないことを考えると、光男の気持ちは鉛のように重たくなった。
事務所にはパソコンのキーボードを叩く音と電話の呼び出し音だけがかろやかに響いていた。

 ≪第3話に続く≫



【登場人物】
繁田さよ(故人)・・・達郎達の実母。和裁士として70まで現役だったが、認知症を発病してから亡くなるまでグループホームで暮らす。
繁田達郎(繁田家の長男)・・・繁田家の長男だが、東京で外資系証券会社に勤務し、華やかな生活を送っている。多忙のあまり最近は盆や正月にも顔を出していなかった。
繁田恭子(達郎の妻)・・・元客室乗務員。美人だがプライドが高く、義母さよに料理の味付けを注意されてから繁田家にはまったく顔を出さなくなった。
西岡美津子(繁田家の長女)・・・裕福な家へ嫁いだが、義理の家との折り合いが悪く、度重なる夫の浮気に耐えかねて離婚。母思いの一面も見せるが、大変な時は何かと都合をつけていなくなる、調子のいい長女。
繁田光男(繁田家の次男)・・・大手メーカーに勤める。兄の昭三とは正反対の、堅実で性格。
繁田孝子(光男の妻)・・・もともとは明るい性格だったが、厳格な義父と暮らすうち、うつ病を発病。現在は普通の生活を送っているがやせ細り五十代とは思えぬ容姿になってしまった。







 


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