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相続連続小説「あいつづく」 【第4話】

2016/4/15 

相続連続小説「あいつづく」

夏子ヘミング

【第4話】
母さよの四十九日の法要を終えた繁田家の三人の相続人が祖師谷の角田司法書士事務所のテーブルを囲んで座っていた。これから遺産分割協議が行われるのだ。

本来、遺産分割協議は相続人同士の自由な話し合いによって決めることが出来る。出来上がった遺産分割協議書に判を押すだけ、という円満な協議もあるだろう。

しかし、繁田家では実家の土地建物を相続したい次男の光男に対し、長男の達郎、長女の美津子がそれぞれ三分の一の権利を主張しており、兄弟だけで話し合ってもまとまらないと踏んだ光男が司法書士の角田に進行役をお願いすることを提案したのだ。母さよが角田の相続のセミナーに通い慕っていたという経緯もあってか、達郎と美津子も意外にあっさりと承諾した。

「今日はよろしくおねがいします」

 光男が角田に頭を下げると、角田は静かに言った。

「今日、私はあくまで中立な立場で、論点の整理や法的なアドバイスをするために立ち会います。よろしくお願いします」

達郎も美津子も神妙な顔で頷く。

「早速ですが、はじめたいと思います」

角田の言葉を受けて光男が切り出す。

「葬式の時にも伝えたが、俺が祖師谷の土地を譲り受けたいと思っている。相続財産といっても、実家の土地以外は多少の預貯金がある程度だから、申し訳ないが兄さんや美津子には残る預貯金で納得してもらいたい。それでも俺は少なくない相続税を支払わねばならないと思う。祖師谷の土地を売ってでも相続財産を三分割することになったら、俺たちは住む場所も失ってしまう。どうか分かってくれ」

懇願といっていいような、光男の言葉だった。来月六十五の誕生日を迎え、勤めていたメーカーを退職する光男は退職金を相続税に充てるつもりでいた。光男には先の見えない治療を続ける統合失調症の妻の孝子、まだ大学生の聡もいる。土地を相続したとしても決して先行きが明るいわけではない。

「大変なのはウチだって同じなのよ。介護が必要になった母さんを施設に入れたじゃない。孝子さんだって、孝子さんよ。一緒に住んで家賃も払っていないのに世話も出来ないなんて」

美津子が容赦なく毒づく。家賃だと―――。あまりに辛らつな言葉に光男は一瞬言葉を失うが、怒りと悲しみがごちゃ混ぜになってせり上がってきた。

「ずっと祖師谷の家で家族として父さんや母さんと一緒に暮らしてきたんだ。父さんが寝たきりになってからも孝子が最期まで看病したし、母さんが認知症になっても出来ることはしたつもりだ」

母さんが呼んでも実家に寄り付こうともしなかったのはどうしてだ、そして今になって俺は長男だ、私は長女だなんて、どうして言えるんだ。光男は勉強してきた法律用語を思い出しながら角田に問うた。

「孝子が母さんを介護した分を寄与分として相続財産から差し引くことはできないのでしょうか」

角田はその言葉を聞きながらにやりとし、ゆっくりと話し始めた。

≪第5話に続く≫


【登場人物】
繁田さよ(故人)・・・達郎達の実母。和裁士として70まで現役だったが、認知症を発病してから亡くなるまでグループホームで暮らす。
繁田達郎(繁田家の長男)・・・繁田家の長男だが、東京で外資系証券会社に勤務し、華やかな生活を送っている。多忙のあまり最近は盆や正月にも顔を出していなかった。
繁田恭子(達郎の妻)・・・元客室乗務員。美人だがプライドが高く、義母さよに料理の味付けを注意されてから繁田家にはまったく顔を出さなくなった。
西岡美津子(繁田家の長女)・・・裕福な家へ嫁いだが、義理の家との折り合いが悪く、度重なる夫の浮気に耐えかねて離婚。母思いの一面も見せるが、大変な時は何かと都合をつけていなくなる、調子のいい長女。
繁田光男(繁田家の次男)・・・大手メーカーに勤める。兄の昭三とは正反対の、堅実で性格。
繁田孝子(光男の妻)・・・もともとは明るい性格だったが、厳格な義父と暮らすうち、うつ病を発病。現在は普通の生活を送っているがやせ細り五十代とは思えぬ容姿になってしまった。