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相続連続小説「あいつづく」 【第9話】

2016/9/16 

相続連続小説「あいつづく」

夏子ヘミング

【第9話】
「光男くん、大変だ、光男くんの家が火事だっ」

自治会長の切羽詰まった声とともに耳をつんざくような消防車のサイレン音が電話の向こうから聞こえてきた。

孝子が家の中にいる。光男は一瞬頭が真っ白になった。孝子!孝子!光男は角田法務事務所を飛び出し、無我夢中で家まで走った。自宅の周りに消防車と救急隊員がすでに消火活動に当たっており、明らかに狼狽した様子の妻・孝子が立ちすくんでいるのが見えた。火はほどなく鎮火し、大事には至らなかった。光男は安堵のため力が抜け、その場に座り込んだ。

火事から三日後、光男は一時的な引っ越しの荷造りをしていた。火元は仏壇の線香で、二階の仏壇を半焼するだけで済み、幸い類焼もなかった。しかし、家中に匂いが充満し、消火活動のため一階も水浸しになった。そのため、光男と孝子は近所のアパートを借りて、住むことにしたのだ。仏壇のあった仏間を整理するため、光男は腕まくりをして仏壇の隣の母サヨの和ダンスに手を掛けた。引き出しを開けると一つ一つ丁寧に和紙に包まれたサヨの着物が表れた。幸い消火活動の水も着物までは及んでいない。一つ一つ引き出しから取り出して段ボールにしまう。引き出しの下の方の着物を持ち上げたとき、着物の間から桜色の大学ノートが滑り落ちてきた。

表紙に「エンディングノート 繁田サヨ」とある。

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まぎれもなく母の字だ。今まで母の遺品から遺書らしいものは何一つ見つかっていない。兄弟からは光男一家が母サヨと住んできた土地家屋を売却して遺産分割をしろと迫られ、光男は追い詰められた形になっている。そんな切羽詰まった遺産分割協議を有利に進めるためにも、サヨのエンディングノートが何か手掛かりになるかもしれない。司法書士の角田からはエンディングノートには法的拘束力はない、と聞いていたが、それでも何らかの手掛かりがあれば・・・光男は震える手で、ゆっくりとノートを広げてみた。

エンディングノートには、サヨの柔らかい字で全体の半分ほど埋まっていた。お墓のこと、盆の行事のこと。また後半は自分史ともいうべき、父との馴れ初めから子供たちが生まれた日の思い出などが日記のように綴られている。サヨの人となりを知る貴重な思い出の品ではあるが、遺産分割の手掛かりになりそうな内容は見当たらない。光男は少々落胆しながらページをめくる。ところが、最後のページを見て、光男は驚きのあまり、ノートを手から落としそうになった。
「俺に兄弟がもう一人いるのか――?」

≪第10話に続く≫


【登場人物】
繁田さよ(故人)・・・達郎達の実母。和裁士として70まで現役だったが、認知症を発病してから亡くなるまでグループホームで暮らす。
繁田達郎(繁田家の長男)・・・繁田家の長男だが、東京で外資系証券会社に勤務し、華やかな生活を送っている。多忙のあまり最近は盆や正月にも顔を出していなかった。
繁田恭子(達郎の妻)・・・元客室乗務員。美人だがプライドが高く、義母さよに料理の味付けを注意されてから繁田家にはまったく顔を出さなくなった。
西岡美津子(繁田家の長女)・・・裕福な家へ嫁いだが、義理の家との折り合いが悪く、度重なる夫の浮気に耐えかねて離婚。母思いの一面も見せるが、大変な時は何かと都合をつけていなくなる、調子のいい長女。
繁田光男(繁田家の次男)・・・大手メーカーに勤める。兄の昭三とは正反対の、堅実で性格。
繁田孝子(光男の妻)・・・もともとは明るい性格だったが、厳格な義父と暮らすうち、うつ病を発病。現在は普通の生活を送っているがやせ細り五十代とは思えぬ容姿になってしまった。


 


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