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相続連続小説「あいつづく」 【第10話】

2016/10/17 

相続連続小説「あいつづく」

夏子ヘミング
【第10話】
光男と妻の孝子は、火事のため一時的に祖師谷の実家から近所のアパートに引っ越し、仮住まいでの生活をスタートさせた。光男は統合失調症を患う孝子が環境の変化についていけるだろうか。また寝込まないだろうか。そんな心配ばかりしている。

「これ……これにしましょうよ」

ショッピングモールで何気なく孝子が手に取った若葉色のカーテン。仮住まいとはいえ、生活に最低限必要なものは新調しなくてはならない。

「孝子の好きにしていいぞ」

思えば、結婚してから今まで実家のことは何一つ決めさせてやったことはなかったな、と光男は思う。買い物から帰って、買ってきたばかりの若葉色のカーテンを掃き出し窓に付ける孝子の後ろ姿はどこか心が弾んでいるようにみえた。

エンディングノートが出てきたことを司法書士の角田に伝え、遺産分割協議が再度開かれることになった。火事があったからと言え、税務署にサヨの死後十か月以内に提出しなくてはならないため、ゆっくりもしていられない。

「母さんのノートが出てきたって聞いたけど」

どこで聞いてきたのか、待ちきれないように美津子がいう。光男は黙って桜色の、サヨのエンディングノートを取り出した。美津子と達郎が緊張した表情でノートを受け取り、ページをめくり始めた。

「ちょ、ちょっとこの、鎌田義信っていう人」

美津子が裏返ったような頓狂な声を出した。

光男はゆっくりと頷いた。

「俺も驚いたよ」

サヨのエンディングノートの最後のページに、七十年前の昭和二十年晩秋に満州から引き揚げた母サヨは戦死した前夫との間にいた息子と生き別れたことが綴られていた。それが、鎌田義信だ。光男たちとは異父兄ということになる。母サヨは戦後の混乱の中戸籍にも載らなかったわが子について人生の総括に当たり、書き残しておこうと決意したのだ。光男はノートにある名前と満州で所属していた団などを手掛かりに遺族会を当たって調べたところ、長野の農業を営む養父母に養われ、現在七十二歳で健在だという。平穏な生活をいまさら波風を立てるような真似をしてもいいか光男は迷ったが、わざわざエンディングノートに書き残したサヨの気持ちを考えると、このまま葬り去ることはできなかった。

「実は、今日お呼びしているんだ」

展開についていけない達郎と美津子は驚いて口を開いたまま、人の気配のする事務所の入口のほうに目を向けた。

「ご紹介いただきました、鎌田義信です」

ゆっくりと扉の向こう側から現れたのは、初老の男性だった。皺が刻まれてはいるが、目元にどことなくサヨの面影を感じる。

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≪第11話に続く≫




【登場人物】
繁田さよ(故人)・・・達郎達の実母。和裁士として70まで現役だったが、認知症を発病してから亡くなるまでグループホームで暮らす。
繁田達郎(繁田家の長男)・・・繁田家の長男だが、東京で外資系証券会社に勤務し、華やかな生活を送っている。多忙のあまり最近は盆や正月にも顔を出していなかった。
繁田恭子(達郎の妻)・・・元客室乗務員。美人だがプライドが高く、義母さよに料理の味付けを注意されてから繁田家にはまったく顔を出さなくなった。
西岡美津子(繁田家の長女)・・・裕福な家へ嫁いだが、義理の家との折り合いが悪く、度重なる夫の浮気に耐えかねて離婚。母思いの一面も見せるが、大変な時は何かと都合をつけていなくなる、調子のいい長女。
繁田光男(繁田家の次男)・・・大手メーカーに勤める。兄の昭三とは正反対の、堅実で性格。
繁田孝子(光男の妻)・・・もともとは明るい性格だったが、厳格な義父と暮らすうち、うつ病を発病。現在は普通の生活を送っているがやせ細り五十代とは思えぬ容姿になってしまった。






 


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