戦後からの脱却、高度経済成長の波、新幹線の開通、東京オリンピック・・・。街頭テレビに群がる人々は、力道山やプロ野球の長嶋・王に熱狂し、日本中がもっとも活力に溢れていた時代。そんな日本の昭和30年代の村を伊豆半島の伊東市に再現するという壮大なプロジェクトがある。今回は『♪よんよんまるまる♪にゃんにゃんにゃん〜』でおなじみのツカサグループ代表・川又三智彦氏に、同社の「昭和30年代村計画」について、お話を伺うことができた。
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静岡県伊東市富戸。伊東駅から約10キロ、車で15分ほどの山林の中に「昭和30年代村」はある。そこは正に、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に登場する昭和30年代の町並みを再現したものだ。圧倒されるのはそのスケール。19ヘクタール・東京ドーム4つ分という広大な敷地。文字通り「村」である。東京・お台場の『台場一丁目横町』、池袋のナムコナンジャタウン内の『餃子スタジアム』、新横浜の『ラーメン博物館』など、“昭和”を題材にしたテーマパークは数多くあるが、これほど大規模に“昭和”を創り上げたテーマパークは前例がない。しかも、「昭和30年代村」は単なるテーマパークに留まらないという。
川又三智彦氏(以下:川又氏)
「ビジネスとは、決して単なる金儲けではありません。世の中に求められている様々なニーズを満たして、その結果として儲かればいい。つまり金を儲ける前に、まず社会のニーズを考える事が大切なのです。」
『昭和30年代村』は、現在の日本が抱える“年金問題”、“介護問題”、“住居問題”、“雇用問題”、そして“親子問題”など、さまざまな社会問題のニーズを満たすコンセプトがある。
日本の使われていない土地、いわゆる“休眠地”に昭和30年代村を建設し、そこで高齢者にも働いてもらう。『土地が人の面倒をみる』新しい年金システムがあり、働く事で生き甲斐を見つけることもできる。また観光地として利点を生かし、だれでも趣味や特技で何らかの収入を得たり、自然豊かな土地を利用し、林業などの専門分野の技術習得も可能。あらたな雇用を創出する。村民全体がお互いを助け合う介護システムや、地元の子供たちとの交流を通じた教育システム。さらにツカサグループが持つウィークリーマンションのノウハウを折り込んだ住居システム。4人家族が一週間5万円で滞在が可能。生活費を含めても、一週間10万円程度だ。同人数での国内旅行と比較しても割安と言えるだろう。
川又氏:
「日本が抱えている社会問題はたくさんあります。一つは年金制度。高齢者の人口に比べ、現役世代の人口が圧倒的に少ない。人間が人間の面倒をみる現状の年金制度は、すでに崩壊していると言わざるを得ません。また、現在の日本の介護システムにも問題を感じています。6年ぐらい前からツカサグループでも派遣やデイ・サービスを中心とした介護事業を始めたのですが、現在の日本の有料老人ホームや介護施設を調べていくと、建物や設備は立派なのに、入居している人たちは誰一人幸せそうではない。決まった時間に食事、散歩、お風呂・・・。毎日が決められた流れ作業で、人間としての“生き甲斐”や“尊厳”なんて無いのです。私自身、そういう所に親を入れたいとは思わないし、自分も入りたくはない。そんな思いを抱きつつ、理想の介護施設というものを考えたとき、“昔の村”といものを思い浮かべたのです。人々が支え合って生きているコミュニティー。これこそ理想の介護施設だと思いました。」
このように、あらゆる社会問題の解決が盛り込まれている『昭和30年代村』。そのPR活動もまた、観光客の減少に悩む、地元全体を取り込んだ“街おこし”のコンセプトが盛り込まれている。
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| 【写真1】人気のなかったシャッター通りに賑わう人々 |
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| 【写真2】1号店の成功に続き2号店もオープン |
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| 【写真3】キネマカフェの館内。昭和のテイストが随所に盛り込まれている。 |
川又氏:
「既に現地見学会を30回ほどやってきましたが、一通り見終わった後は、飽きてしまうんです。『昭和30年代村』の成功には、認知度を上げる事が必要でした。実際に工事を始めるのが一番のアピールですが、企画当初からいきなり工事に着工はできない。そこで何か“魅せるモノ”を・・・と探していて目をつけたのが、伊東の中心街にあった商店街です。客足もなく、シャッターが閉まった店舗が並んでいました。そこの店舗を2つ借りて、昭和をイメージした映画館『キネマカフェ』を立ち上げたのです。そこを拠点に月に1回、イベントを行いました。そうしたらこうですよ(笑・写真1)。こういう実績を見せてきたので、地元の方々も、行政の方々も認識を変えてくれましたね。テレビの取材なんかも呼び込む事ができました。
このように、地元を巻き込んだ大規模プロジェクトであるが、気になるのはその将来性。バブル時代につくられた、全国のテーマパークの閉鎖が相次ぐ中、『昭和30年代村』にどのようなビジョンを描いているのだろうか。川又氏独自のテーマパーク論についても語ってもらった。
川又氏:
「バブル時代に作られたテーマパークは問題だらけでした。一つは立地の問題。土地が余っているからといって、全く人が来ないような所に何百億円もかけてテーマパークをつくったり。まったく将来性がありません。そしてもう一つは『つくるテーマ』を間違えている。海外の街並みや名所をマネした“ニセモノ”のテーマパーク、アメリカのディズニーランドやUSJをマネしたような“マガイモノ”のテーマパークばかりです。当然、本物にはかないません。それに引き替え、『昭和30年代村』は違います。この村は“かつての日本に存在していた風景”そのままなのです。完全に日本のオリジナルということです。そして伊東という立地。伊豆半島もバブルピーク時には年間4000万人ぐらいの観光客が訪れていましたが、現在では2600万人ぐらいです。それでも2600万人もいるのです。観光シーズンにでもなれば、国道135号線は渋滞で大混雑ですよ。極端な話、駐車場とトイレさえあれば、軽く200万人は集まりますよ(笑)」
バブル時代のテーマパークと比較して、もう一つ気がかりな点がある。それは建設費。いったいどれぐらいの予算が・・・と思いきや、なんとウィークリーマンション1棟分の予算で村が作れるという。
川又氏:
「お金なんて大してかかりません。村の住宅や建物は木造ですから。もちろん、本物にこだわって昔の建築を移築しようとしたらキリがないですけど。土地代が10億円、建設費が20億円、合計でも30億円で村がつくれるのです。30億円っていうと、ウィークリーマンション1棟分ですよ。しかも、そんなに大きなタイプじゃない。同じお金なら、村を1つ作ったほうが面白いでしょ!収容力が全然違うし、ビジネスとしての膨らみも全然違う。皆さんそこがピンときていないんですよ。『昭和30年代村計画』を見せると、すぐに何百億円のプロジェクトと誤解されてしまう。バブル絶頂期に作った無意味なテーマパークのように。実際はウィークリーマンション1棟分程度の費用で済むのです。」
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| 【写真4】昭和30年代村の見学説明会の様子 |
村の住人や観光客など、さまざまな人々の手が加わり成長していくテーマパーク。客に娯楽を与えるだけの一方通行のやりとりではなく、自ら参加するテーマパーク。それが『昭和30年代村』なのだ。いまいちイメージが沸かない・・・という人は、テレビ番組の『DASH 村(日本テレビ:出演:TOKIO等)』を思い浮かべて欲しい。田舎の自然の中で、村の建物をつくり、作物を育てていく、あのイメージ。現在は一口100万円の会員権を発行し、村の建設費用に充てている。『昭和30年代村』の会員権は、単なるマネーゲームではなく、みんながお金を出し合って村づくりをするための資金。定年後に自然豊かな伊東の地に住みたいと思ったら、出資を検討してみてはいかがだろうか。すでに1期分(100口分)は完売しており、現在は2期目に入っている
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取材協力:ツカサグループ ツカサ都心開発株式会社 昭和30年代村企画株式会社
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http://www.222.co.jp/s30vil/
2008.7/5(土)〜7/6(日)
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