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相続連続小説「あいつづく」 【第5話】

2016/5/16 

相続連続小説「あいつづく」

夏子ヘミング

【第5話】
「孝子が母さんを介護した分を寄与分として相続財産から差し引くことはできないのでしょうか」光男は母サヨが施設に入所するまで自宅で妻・孝子が介護をしていたことを寄与分として認めてほしい、と主張したのである。寄与分とは特別の寄与をした相続人に対して寄与に相当する額を加えた財産の取得を認める制度だ。この制度を知ったとき、孝子の苦労はちゃんと報われるのだ!と感激し、遺産分割協議では必ず主張すると決めていた。

光男が寄与分という言葉を出した時、進行役を務める司法書士の角田がニヤリ、としたことは何を意味しているのだろうか。期待と不安を織り交ぜた気持ちで角田の言葉を待った。角田は静かに語り始めた。

「まず、寄与分が認められるのは相続人に限ります。したがって、相続人でない光男さんの奥さんの孝子さん自身には法律上寄与分の主張が認められません」

「なんだって」

光男は思わず声を上げた。

「続きがあるので、もうちょっと最後まで聞いてください」

角田は笑顔で焦る光男をなだめるようにいった。

「この場合、孝子さんは相続人である光男さんの手足となって行動していたのですから、孝子さんの貢献は光男さんの貢献と考えられます。これを認める判例もあり、問題ないと思います」

「じゃあ、寄与分は認めてもらえるのですね」

光男はホッとしていうと、角田は「実は話はもう少し複雑なのです」と結論を急ぐ光男を再び制した。

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「法律的にいうと、寄与分とは『身分関係に基づいて通常期待されるような程度を超える貢献』とされています。サヨさんとの親族関係から一般に期待される程度を超えた、特別の貢献でなければ寄与分は認められません」

「特別の貢献?なんですかそれは」

今度は達郎が怪訝な顔をして角田に問いかける。

「夫婦間には協力義務が、親族間の扶養義務といった法律上の義務以上の貢献が要求されています。それを超えない程度の介護は寄与分とは認められないのです」

「孝子さんがサヨさんのために食事を作ったりするなどの日常的な世話では、特別の貢献とはいえないのです。孝子さんがサヨさんを二年間自宅で介護されていたとのことですが―――」

光男はゴクリと唾を飲んだ。

「実際に裁判で寄与分を主張しても非常に認められにくいと思います」

事務所内は静まり返った。達郎や美津子も黙ったままだ。親の財産目当てに介護をしてきたわけではない。しかし、あれだけ大変だった介護が法律や判例というフィルターを通すとゼロだというのか。夜中に徘徊するサヨを必死で探し回った夜のこと、介護に疲れきった孝子の横顔を伝う涙が浮かんだ。法律とはいったい誰の味方だ。平等って何だ。悔しさが胸の奥からこみ上げてきた。意識して堪えなければ、光男の涙腺から熱いものが溢れ出しそうだった。

「しかしですね・・・」

そこへ角田が再び口を開いた。

≪第6話に続く≫


【登場人物】
繁田さよ(故人)・・・達郎達の実母。和裁士として70まで現役だったが、認知症を発病してから亡くなるまでグループホームで暮らす。
繁田達郎(繁田家の長男)・・・繁田家の長男だが、東京で外資系証券会社に勤務し、華やかな生活を送っている。多忙のあまり最近は盆や正月にも顔を出していなかった。
繁田恭子(達郎の妻)・・・元客室乗務員。美人だがプライドが高く、義母さよに料理の味付けを注意されてから繁田家にはまったく顔を出さなくなった。
西岡美津子(繁田家の長女)・・・裕福な家へ嫁いだが、義理の家との折り合いが悪く、度重なる夫の浮気に耐えかねて離婚。母思いの一面も見せるが、大変な時は何かと都合をつけていなくなる、調子のいい長女。
繁田光男(繁田家の次男)・・・大手メーカーに勤める。兄の昭三とは正反対の、堅実で性格。
繁田孝子(光男の妻)・・・もともとは明るい性格だったが、厳格な義父と暮らすうち、うつ病を発病。現在は普通の生活を送っているがやせ細り五十代とは思えぬ容姿になってしまった。