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相続連続小説「あいつづく」 【第7話】

2016/7/15 

相続連続小説「あいつづく」

夏子ヘミング

【第7話】
達郎がポツリポツリ、と自分に呟くような声で話した。

「こんな歳にもなって子どもみたいな子と言って悪いとは思う。いつもお兄ちゃんだから我慢しろ、しっかりしろっていわれて育った。大学の学費だって、自分でアルバイトしたんだ。戦後で家が一番お金のない時だったこともあるが、海外どころか、部活の合宿費すら出してもらえなかったよ」

学費のことは、光男もよく両親から聞いていた。兄は偉い、兄を見習えと言われて育った。

「その点、光男はちゃんと学費だって払ってもらっていただろ。そのうえ、孫には留学の費用まで出してもらっていると聞いたときは正直、傷ついたよ。同じ兄弟だろ。俺は兄貴だっていうだけで、散々割を食ってきた。だから、相続財産くらいはきちんと分けてほしいし、貰いすぎた分はちゃんと返してほしいんだ」

達郎の目が赤くなっていた。光男の目に、いつもの鉄仮面のように無表情で立派な社会人である繁田達郎ではなく、小学生の兄がそこに座っているような錯覚を覚えた。膝の上に拳骨を握り締め、野球帽を深く被って俯いて我慢する兄の後ろ姿は光男もはっきりと記憶している。末っ子の光男にとっては、父からも一目置かれる存在であり、追いかけても追いかけても手の届かない相手だった兄。そんな風に思っていたのか―――。美津子も光男も達郎の言葉に暫し沈黙した。

沈黙を破ったのは角田の一言だった。

「僕にも兄弟がいるので、達郎さんのお気持ちはよく分かります。ですが、かけた金額の大小でご両親の愛情は測れません」

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角田はまっすぐに達郎を見る。

「法的に解釈すると、達郎さんは、光男さんの長男でサヨさんの孫・聡さんへの学費の贈与が特別受益に該当するとおっしゃっているのだと思います。しかし、孫の聡さんの学費の贈与はあくまでサヨさんと聡さんとのことで、光男さんとの関係では特別受益にはあたりません。なので、この遺産分割協議の中で聡さんへの贈与を問題にすることは出来ません」

「えっ・・・」

「残念ですが、孫への贈与は光男さんの特別受益には当たらないのです」

「そうなのか・・・」達郎は呻くように呟いただけで、黙り込んだ。今度は美津子の目が釣りあがった。

「でもうちの子には小学校や中学校の入学祝いをもらったくらいで、聡ちゃんには留学の費用まで出してもらっていたなんて。同じ孫なのに、あんまり不公平じゃない」

怒りが治まらぬ、といった表情で美津子は続けた。

「ちょっとコレを見て欲しいんだけど」

美津子が出したのはサヨの通帳のコピーだった。

≪第8話に続く≫


【登場人物】
繁田さよ(故人)・・・達郎達の実母。和裁士として70まで現役だったが、認知症を発病してから亡くなるまでグループホームで暮らす。
繁田達郎(繁田家の長男)・・・繁田家の長男だが、東京で外資系証券会社に勤務し、華やかな生活を送っている。多忙のあまり最近は盆や正月にも顔を出していなかった。
繁田恭子(達郎の妻)・・・元客室乗務員。美人だがプライドが高く、義母さよに料理の味付けを注意されてから繁田家にはまったく顔を出さなくなった。
西岡美津子(繁田家の長女)・・・裕福な家へ嫁いだが、義理の家との折り合いが悪く、度重なる夫の浮気に耐えかねて離婚。母思いの一面も見せるが、大変な時は何かと都合をつけていなくなる、調子のいい長女。
繁田光男(繁田家の次男)・・・大手メーカーに勤める。兄の昭三とは正反対の、堅実で性格。
繁田孝子(光男の妻)・・・もともとは明るい性格だったが、厳格な義父と暮らすうち、うつ病を発病。現在は普通の生活を送っているがやせ細り五十代とは思えぬ容姿になってしまった。


 


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