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相続連続小説「あいつづく」 【第11話】

2016/11/16 

相続連続小説「あいつづく」

夏子ヘミング

【第11話】
新しく相続人に加わった鎌田義信が着席するのを見届けると、光男が意を決したように大きく咳払いをして、話し始めた。

「実は、祖師谷の家を売却してここにいる全員で分けたいと思っているんだ………」

ずっと実家を売らないと主張してきた光男の突然の翻意に達郎も美津子も驚きを隠せない。背景に、光男の妻孝子が実家を出てアパート暮らしを始めてから病状が改善していること、孝子の統合失調症の治療のためにも郊外に引っ越したいことを説明した。達郎、美津子も困惑気味に同意した。いくら望んでいたこととはいえ、二人にとっても生まれ育った実家が他人の手に渡る、ということは重たい決断である。

「義信さんはいかがですか」

光男は黙っていた鎌田義信に問うた。義信は年長者ゆえの気安さからか初めて顔を合わせる異父兄弟に少しも遠慮する様子もなく話し始めた。

「そりゃね、私だってお金がたくさん余っているわけではないから、老後の心配をすればもらえる金は一円だって多くほしいですよ。東京の土地は高い。売ってしまって分けてもらえれば、こんないいことはないよ」

自嘲気味の義信の言葉に一同の視線が集まった。

「でもね。私は生みの親の顔を知らずに生きてきました。養父母は優しい人たちだったし、私もずいぶん可愛がってくれたと思うんだけどねぇ………どこか養父母にも他の兄弟にも遠慮しながら生きてきたよ。それでもかけがえのない、家族ですよ。家族って、一緒に過ごした場所や時間の重みじゃないですか。こういっちゃなんですが、母親と血が繋がっている異父兄弟だといわれたって、あなた方と私じゃ、赤の他人と変わらないでしょ。あなた方が兄弟なのは一緒に実家で育った時間があるからでしょう」

本質を突く義信の言葉に誰も発言することができなかった。義信は構わず続けた。

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「まして、相続した土地や家はあなたや私が汗水たらして働いたお金で買ったわけではない。先祖がどうにか手に入れ、親の代まで身上を保ってきた先代たちからの贈り物だ。民法では平等と書いてあるかもしれない。でも平等に分けることばかり考えていると、家族が寄る場所がなくなっちゃうじゃない。東京じゃ、盆や正月は実家に集まったりしないの?先祖代々の土地を売って、盆も正月も会うことがなくなったら、血の分けた兄弟でも赤の他人と変わらなくなってしまうんじゃないかなぁ。それで本当にいいのですか。ね、角田先生」
義信の鋭い言葉を受けて、角田は吟味するように頷き、ゆっくりと口を開いた。

「ご存知の通り、戦前は家父長制で長男一人が一家の相続権を独占していました。ほかの人たちは一切相続権がありませんでしたが、同時に家長はそれだけの責任を持って、先祖代々の家や畑を守り、一族を養う役目をしていたのです。家族も家長に従っていたから、今よりもずっと家族としての一体感はあったでしょうね。義信さんのおっしゃるように民法が改正され、財産を平等に分割するとなった今、家族の一体感は失われ、お互い権利ばかりを主張することが多くなっているような気がしますね」

「だったら、どうしろというのですか、先生」

角田の言葉に気色ばんだのは、実家の売却を切り出した光男だった。

≪第12話に続く≫


【登場人物】
繁田さよ(故人)・・・達郎達の実母。和裁士として70まで現役だったが、認知症を発病してから亡くなるまでグループホームで暮らす。
繁田達郎(繁田家の長男)・・・繁田家の長男だが、東京で外資系証券会社に勤務し、華やかな生活を送っている。多忙のあまり最近は盆や正月にも顔を出していなかった。
繁田恭子(達郎の妻)・・・元客室乗務員。美人だがプライドが高く、義母さよに料理の味付けを注意されてから繁田家にはまったく顔を出さなくなった。
西岡美津子(繁田家の長女)・・・裕福な家へ嫁いだが、義理の家との折り合いが悪く、度重なる夫の浮気に耐えかねて離婚。母思いの一面も見せるが、大変な時は何かと都合をつけていなくなる、調子のいい長女。
繁田光男(繁田家の次男)・・・大手メーカーに勤める。兄の昭三とは正反対の、堅実で性格。
繁田孝子(光男の妻)・・・もともとは明るい性格だったが、厳格な義父と暮らすうち、うつ病を発病。現在は普通の生活を送っているがやせ細り五十代とは思えぬ容姿になってしまった。