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相続連続小説「あいつづく」 【第12話】 エピローグ

2016/12/16 

相続連続小説「あいつづく」

夏子ヘミング

【第12話】
「じゃあ、具体的にどうせよというのですか」

気色ばんだ光男が司法書士の角田に詰め寄った。角田は光男とは対照的な穏やかな声で話し始めた。

「例えばですが、光男さんが祖師谷から引っ越されるにしても、都内に住む達郎さんが管理することは可能でしょうか。思い出のある先代からの土地ですから、売却ありきでなく、ほかに解決策はあるのではないかと思うです」

「じゃあ、達郎兄さん一人が祖師谷の実家を相続しろというの。不公平じゃないのッ」

思いがけない角田の言葉に美津子だけでなく他の兄弟全員が驚いていた。角田は落ち着いた声で続けた。
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「例え形式的には達郎さんが引き継ぐことになっても、家族信託を導入することで不動産の収益をご兄弟全員で分配することが可能になります」

「し、信託?なんなのそれは」

美津子が怪訝な顔をする横で、光男はアッと声が出た。

「母さんが先生のセミナーで勉強していた家族信託ですね」※1

角田はにっこりと頷いた。光男たちの母サヨは生前角田のセミナーで家族信託を学んで、相続対策として信託契約を結ぼうとしていたのだった。

「例えばですが、家族信託を利用すれば、長男の達郎さんに登記を移転して、達郎さんが土地を活用して事業を行ったり賃貸マンションを経営したりした場合、収益はご兄弟全員で分けるなどの取り決めを行うことができます。また、土地の管理と併せて墓や仏壇などの祭祀継承を行うことなども信託契約で取り決めすることができます」

角田の言葉を受けて、兄弟四人がうなずき合った。

「祖師谷の土地を手放さずに仏壇を守ってくれる兄弟がいるならいうことはないです」
光男の言葉に義信も大きく頷く。

「管理維持費や使用料みたいなものも取り決めなくてはいけないわね」
美津子は収益を手にできると分かり安堵したようである。

「そうだな、これから細かく信託契約の内容について詰める必要があるな」

達郎は金融マンらしい回転の速さでそろばんをはじいているように見える。ともかく、『実家を売りたくない』という要望と『財産を分配したい』という要望。この二つの異なる要望が家族信託を利用することで歩み寄れることとなった。忍耐強く進行してきた角田の功績も大きかった。

「先生、ありがとうございました」

一同は銘々、角田に感謝の意を表した。角田は頷き、兄弟一人一人の目をじっと見据えながら、静かだが力強い声で言った。

「皆さんにお願いしたいことがあります。この不動産はご両親の生きてきた証でもあります。その心を常に持って、感謝の気持ちを忘れないでください」

角田の言葉に兄弟それぞれに黙って頷いた。角田のいう通りだ。お互いに権利云々と主張して、兄弟で争いあってきたが、両親が守ってきた大切な財産を私たちが受け継いでいくだけのことなのだ、と光男は思った。

「先生、相続って、あいつづく、って書くのですね。最近気が付きました」

角田は光男の言葉に微笑んでゆっくり頷いた。

「言葉通り、親から子へ。兄から妹や弟へ。先代から受け継いだものをまた自分も次の世代へ引き継ぐ。『争続』なんていう言葉もありますが、私は争いではなく愛が引き継がれることを願っています」

争いではなく、愛が続いてほしい――――。光男は角田の言葉を胸に刻みながら、角田法務事務所を後にした。

【了】

※1 あいつづく第2話参照。母サヨは角田から家族信託について学び、手続きを進める中で認知症を患い、結局実現には至らなかった。


【登場人物】
繁田さよ(故人)・・・達郎達の実母。和裁士として70まで現役だったが、認知症を発病してから亡くなるまでグループホームで暮らす。
繁田達郎(繁田家の長男)・・・繁田家の長男だが、東京で外資系証券会社に勤務し、華やかな生活を送っている。多忙のあまり最近は盆や正月にも顔を出していなかった。
繁田恭子(達郎の妻)・・・元客室乗務員。美人だがプライドが高く、義母さよに料理の味付けを注意されてから繁田家にはまったく顔を出さなくなった。
西岡美津子(繁田家の長女)・・・裕福な家へ嫁いだが、義理の家との折り合いが悪く、度重なる夫の浮気に耐えかねて離婚。母思いの一面も見せるが、大変な時は何かと都合をつけていなくなる、調子のいい長女。
繁田光男(繁田家の次男)・・・大手メーカーに勤める。兄の昭三とは正反対の、堅実で性格。
繁田孝子(光男の妻)・・・もともとは明るい性格だったが、厳格な義父と暮らすうち、うつ病を発病。現在は普通の生活を送っているがやせ細り五十代とは思えぬ容姿になってしまった。


 


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