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1954年のプロ野球ニュース 行き先はボールに聞いてくれ! フォークの神様・杉下のフォークは、いまのナックル+フォークで中日初の日本一を達成!

2019/5/10 

 

嫌いだったフォークボール

「フォークボールを投げるのは正直、イヤでしたね」
フォークボールの神様と呼ばれ、中日ドラゴンズを初の日本一に導いた杉下茂から意外な言葉が飛び出した。
「あのころ、一流投手というのは、自分の狙ったところにズバッと放れる正確なコントロールを持った投手、と言われていたんです。自分もそれを信じてやってきた。ところが、私のフォークボールは指先を離れたら後は行き先はボールに聞いてくれというボールなのですね。左右にぶれて沈むのか、まっすぐ落ちるかもわからない。打者も打てなくて困ったかもしれないが投げる私も不愉快で仕方がない。私の理想は打者の好きなボールを投げて打ち取る力のある球を投げる投手でした。」

ナックルに近いフォーク?
杉下の投げるフォークというのは回転がしないフォーク、即ち今でいうナックルボールに近い珠であったと推測できる。
杉下にこのフォークを教えたのは1949年に中日の技術顧問に就任し後に監督に就任する天知俊一である。杉下と同じ明治大学出身の天知は、杉下の帝京商業高校時代の英語の先生であり、野球部の監督である。杉下にとって天知俊一は「生涯の恩師」であった。

 天知は杉下が明治大学を卒業する1948年に「昔、アメリカにひとさし指と中指を挟んで投げるフォークボールという球を投げる投手がいる。おまえが指が長いのだから、一度、試しに投げてみてはどうか?」

 このフォークボール。よく落ちるのだが、キャッチャーもとれない。そこで、杉下は、このフォークボールは気分転換に投げる程度にとどめた。

140キロ以上のフォーク?
 それではそもそもなぜ、杉下のフォークは回転すらしないのか?ある実験によると130キロから140キロ以下だと、回転をしながら落ちるそうで、それ以上の球速になると激しい回転をしなくなるとのこと。つまり、杉下は140キロ以上の超高速フォークを投げていたことになる。これは打てっこない。10人中10人が空振りをした。

 1954年のセ・リーグのペナントレースは巨人と中日の一騎打ちになった。杉下はそんな巨人の中心打者・川上哲治、青田昇、与那嶺要を中心に1試合に5から6球程度、フォークを投げた。10球以上投げたときは、「今日は投げ過ぎだな」と感じたという。あくまで、フォークを投げるぞと思わせてストレートで打ち取るのが杉下の真骨頂であった。

 1954年、中日は巨人に14勝12敗と勝ち越したが、杉下が11勝5敗と巨人キラーを発揮したのが大きい。結果、中日は2位巨人に5.5ゲーム差をつけての優勝。杉下は32勝を挙げ、自身も最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率、最多完封を挙げ、日本プロ野球史上4人目、2リーグ分立後初となる投手五冠王に輝いた。

気力だけで投げた日本シリーズ

 1954年の日本シリーズは進境著しい西鉄ライオンズとの対戦になった。中西太。豊田泰光、大下弘とセ・リーグ以上に強者が揃う打線。杉下はこのシリーズで5試合に登板した。
 最終戦となる第7戦は西鉄の河村久文との対戦になった。既に5試合目の登板の杉下はいささかヘバッテいた。
 1回表、杉下は西鉄の主砲・中西にカーブをヒットされた。1回表を0点に抑えると捕手の河合保彦が「今日のカーブは威力がないですよ」と伝えた。杉下は「そうか。カーブは駄目か。カーブはやめた」と言ったきり、後のことを覚えていない。どんな試合展開なのか何一つ、覚えていないという。ものも言わない、憑き物が付いた状態とでもいうべきか。
 天知監督もナインに「杉下に声をかけてはいかん」と小声で伝えた。

 試合は7回裏に井上のタイムリーヒットでとった1点を杉下が完封で守り切った。90球の完封。ストレートとフォークだけで西鉄強力打線を封じての日本一だった。シリーズ前、74キロあった杉下の体重は68キロにまで減少したが、その杉下によって中日は初の日本一に輝いた。

 1956年以降、杉下はフォークを投げなくなった。1956年には14勝と6年連続20勝以上が途切れると、1958年に11勝を挙げつつも現役を事実上引退。1959年から2年間、選手兼任監督となった。もちろん、参謀となるヘッドコーチには3度、中日の監督を務めた天知に依頼をした。
 1961年、大毎で杉下は現役を終えた。

1954年日本シリーズ第7戦 (1954年11月7日 中日球場 23,215人)
西 鉄000 000 000 0
中 日000 000 10× 1
勝利投手:杉下(3勝1敗)
敗戦投手:河村(1勝2敗)


(写真は現在の中日ドラゴンズの本拠地:ナゴヤドーム)

(文責:定年生活事務局)
参考文献:豪球列伝(1986 文芸春秋)



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