1955年のプロ野球ニュース 藤尾茂がシリーズの流れを変える先制3ラン!で1勝3敗の苦境から逆転日本一!
2019/5/251955年10月21日、日本シリーズ第4戦は南海ホークスが5対2で勝ち、対戦成績は南海ホークスの3勝1敗。2リーグ分裂後、6回目の日本シリーズで4回目の対戦となる巨人・南海シリーズで初めて南海ホークスが王手をかけた。
南海監督の鶴岡一人は、終戦とともに、鹿児島県の知覧から帰阪。当時の大阪は空襲のため、梅田からなんばが見渡せたという。鶴岡監督は南海再建のため、選手兼任監督として陣頭を指揮をふるう傍ら、中百舌鳥の合宿所の近くに畑を借りると夫人の実家から取り寄せた芋の苗を植え、飢えた選手たちを食べさせた。
そうした中で飯田徳治、木塚忠助にくわえて、蔭山和夫や岡本伊三美らを加えたが彼らはまだ若かった。
一方、巨人は千葉茂、川上哲治、青田昇、宇野光雄等海千山千の選手が多数、いた。さらに道具不足のこの時代にニューボールから練習からどんどん使った。新しい球は良く飛ぶ。川上、青田、千葉ら主力選手は練習から南海ナインを圧倒していた。勝負は試合前についていたのである。・苦闘する南海投手陣
南海は、1948年の別所毅彦投手の巨人移籍後は、その年毎に調子のよい投手を主戦投手で使うことで毎年のペナントレースをやりくりしていた。1955年は、宅和本司、中村大成、小畑正治、円子宏、野母得見らを駆使して、この年は99勝を挙げて、2位西鉄に9ゲームの大差をつけて優勝していた。
が、日本シリーズでは軸になる投手が物を言う。そのやりくりもあと1勝で報われる…。鶴岡監督がそう考えても不思議ではない。・この当時は予告先発ならぬ予告スタメン制度だった・・・
王手をかけられ、追い詰められた巨人・水原監督は後楽園球場の長い通路を歩きながら次の日のメンバーを考えていた。現在のプロ野球では翌日、投げる投手のみ予告する予告先発制度が2012年より、セ・リーグ・パ・リーグ双方で導入されているが、この頃は翌日のスタメン選手全てを前日に発表する習わしになっていた。
「1番・南村」、「2番は広岡に替えて平井」。まだ若手の広岡達朗をベンチに下げ、ベテランの平井三郎をショートで起用し、ベテランの力で劣勢を打破しようという企図である。
「3番には藤尾を使う。」
藤尾茂。1953年に巨人に入団したまだ21歳の若武者である。巨人の捕手はハワイ出身の広田順が守っていたが、このシリーズは1安打と打撃は精彩を欠いていた。長く巨人の本塁を守っていた広田順に替えてこの21歳をスタメンそれも3番で起用することにしたのである。当時の捕手は、投手の球を受けるのが役割の大半で打撃は期待されておらず、21歳の若き捕手をクリーンアップに使うことは二重の賭けであった。・第5戦は、南海・宅和、巨人・大友工で始まった
1回表が南海は三者凡退で終わり、巨人の攻撃。1番・南村がフォアボール、2番平井がレフト前ヒットで出塁。ノーアウト1塁、2塁となり3番藤尾に打順が回る。
「頼む。藤尾打ってくれ」
これは水原監督の心境ではない。ベンチにいた若手すべての進境であった。主力と若手の待遇は明確であったこの時代、若手はどんぶり1杯とご飯の量も決めっていた。
「オヒツのご飯をおかわりしたい」
彼らの共通の願いだった。その代表格・藤尾茂のカウント1-2からの宅和が投げた4球目を藤尾がたたくと、見事にレフトスタンドへ。鮮やかな先制3ランがすべてを変えた。
この後、同点に追いつかれるも同じ、若手の広岡達朗のタイムリーなどもあり、9対5。最後はエース別所の好救援もあり、巨人が2勝3敗と踏みとどまった。(写真は現在の後楽園。東京ドームとなった今でも野球のメッカとして、多くの野球ファンに愛されている)
・日本シリーズに明日はない・・・
勢いにのった巨人は大阪球場に移った第6戦を3対1、第7戦は休養十分の別所が99球で南海を完封、4対0で勝利し、巨人が逆転日本一となった。
4たび、巨人に敗れた南海・鶴岡監督は「日本シリーズに明日はない」と悲痛な敗戦のコメントを発表した。南海は絶対的なエースを求めて立教大学黄金期のエース・杉浦忠の獲得に動くことになる。
一方、逆転で日本一になった巨人は藤尾がペナントを体中に巻き付けて、喜びを表した。合宿所で優勝祝勝会が終わると彼らは腕を組み、街中を横一列に「勝った!勝った!」と行進した。この質素で乱暴な行進は、まだまだ巨人の黄金時代が続くと虚勢を張りたかったのかもしれない。
が、玄界灘の向こう・九州・福岡で前年にはリーグを制した西鉄ライオンズの豊田泰光、中西太等が腕を磨いていることには、まだ気づいていない。・1955年日本シリーズ結果
第1戦 巨 人○4-1●南 海
第2戦 巨 人●0-2○南 海
第3戦 巨 人●0-2○南 海
第4戦 巨 人●2-5○南 海
第5戦 巨 人○9-5●南 海
第6戦 巨 人○3-1●南 海
第7戦 巨 人○4-0●南 海(文責:定年生活事務局)
参考文献:熱闘!プロ野球30番勝負(1990 文芸春秋)
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