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1976年のプロ野球ニュース 前年最下位からのV字回復! 3年ぶりの優勝を果たした長嶋巨人の1年

2020/8/22 

長嶋茂雄はドラマティックな男である。監督就任1年目の1975年。76敗のワースト記録。全球団に負け越しての球団史上初の最下位に転落。とりわけ13年間、本塁打王を取り続けた王貞治が本塁打王を失ったこと、エース堀内恒夫がワーストの18敗を記録したことも重なり、長嶋采配には非難が集中、名選手、名監督にあらずと酷評された。

巨人軍の栄光を取り戻す使命が長嶋監督に課せられた・・・

 長嶋監督は、V9メンバーをフォローする新しい血の獲得に動いた。王貞治の相棒に東映・日拓ホームのカラーの一掃を進める日本ハムの主砲・張本勲を獲得。エース・堀内恒夫に次ぐエース候補として8年ぶりにAクラスに入るも深刻な経営難な太平洋クラブライオンズから加藤初を獲得した。
 その加藤初は4月18日、前年優勝の赤ヘル打線をノーヒットノーランに抑える快挙を達成。巨人は5月には14連勝をし、首位を快走し始めた。

江夏を放出してまで獲得した江本が活躍する阪神タイガースが追走

 首位を快走する巨人を追走したのは、阪神タイガース。前年、江夏豊を南海に放出してまで獲得した江本孟紀が期待通りの大車輪で、巨人を追走。6月7日には2.5ゲーム差にまで、詰め寄った。
 実は阪神・吉田義男監督はここまで江本起用をためらってきた。3月の後楽園のトーナメント大会で巨人相手に11失点と散々だったからだ。しかし、熱狂的なファンの声もある。そこで、6月8日、江本の巨人戦初登板が決まった。

 江本は絶好調で既に21本の本塁打を放っている王貞治を一塁ゴロ、セカンドフライ、一塁ゴロと完ぺきに抑え、被安打1で8回まで2対0と阪神がリード。あと9回を抑えれば、阪神が勝利し、ゲーム差が1・5に縮まるはずだった…。
 9回裏、巨人の最後の攻撃。代打・淡口が倒れ、柴田勲はフォアボール。2番高田がサードゴロ。3番張本が芸術的な流し打ちでツーアウトながら二塁、三塁。江本は115球。阪神・吉田監督はここで「投手・山本和行」を告げる。ネット裏の解説者・水原茂ですら首をかしげる投手交代。すべては結果論だ。

 山本は4番・王を簡単に歩かせ、満塁。5番は阪神戦の打率が.769と驚異的な末次利光。「阪神戦でメシを食う男」とさえ言われていた。5球目の力のない珠を末次が打つとそのままレフトスタンドへ。逆転満塁サヨナラホームラン。ベンチを飛び出した長嶋監督がホームベース上で末次を出迎えた後、「こんなことってあるんだ!」と絶叫した。

ベーブルースを超える王の715号をアシストをしたのも阪神・・・

 衝撃的な敗戦後も阪神は巨人とマッチレースから脱落はしなかった。田淵幸一、ブリーデン、ラインバックに新鋭・掛布雅之等が揃う重量打線は6月12日から7月15日の前半戦最終戦までを13勝3敗3引分で乗り切り、巨人とのデットヒートとなった。
 そんななか世界の本塁打王・王貞治がベーブルースの本塁打・714本を超える瞬間が近づく。

 1976年10月11日のまたもや阪神戦。相手投手はまたもや山本和行。カウント2-3から王がまさに大根を斬るがごとくのスイングから放たれた打球はそのままライトスタンドへ。ベーブルースの714号を超える715号ホームランの瞬間だった。
 普段は冷静な王選手が珍しく両手を大きく広げて喜びを広げ、ベンチ前では張本勲が興奮しながら王選手を出迎えた。


(王選手の715号本塁打を放った瞬間の映像です)

 1976年10月16日、広島球場で王選手が今シーズン49本目の本塁打を放ち、昨年、胴上げを見せつけらてた広島カープの目の前で長嶋監督が宙に舞った。日本シリーズの相手は阪急ブレーブスであった。

地鳴りのようなジャイアンツコールの中、「もっと騒げ」とつぶやぎながら投げ続けた阪急・足立投手

 1976年の日本シリーズは巨人と阪急が6たび相まみえるシリーズとなった。過去の5回はすべて巨人が勝っている。しかし今回こそ阪急の悲願達成かと思われた。阪急は福本豊、加藤秀司が全盛期で、マルカーノや長池徳士も意気軒高。投手陣も山田久志が自己最高の26勝を挙げ、足立光宏が18勝、そして史上最速の剛腕と言われた山口高志がストッパーで控える布陣。
 予想通り、第1戦は山田―山口のリレーで6対4で阪急が勝利。第2戦は巨人が守りで5つのエラーをするなど、自滅に近い形で後楽園で連敗。西宮球場に移った第3戦は山田久志が完投勝ちの10対3.阪急が3連勝し、王手をかけた。ここから阪急がおかしくなった。

 第4戦は、足立が中3日で先発するも、リリーフの山口が打たれ、敗戦。第5戦は焦る上田監督が仲2日で山田を投入するも、明らかに疲労が残る山田は打たれ、5対3で敗戦。シリーズは後楽園に戻り、長嶋監督は「面白くなった」と笑った。

 第6戦は巨人の堀内恒夫が早々に打ち込まれ、7対0と阪急がリード。長嶋監督のシリーズ初挑戦は終わったかに思われた。しかし、淡口憲治の3ランに柴田勲の同点2ランで7対7になると、最後は高田繁のサヨナラタイムリーで8対7の大逆転勝利となり、3勝3敗。6度目も巨人が3連敗後の4連勝で逆転日本一の雰囲気が充満してきた。

 予想もしなかった第7戦の先発は足立光宏、172センチ、72キロというごく普通の男は気づかれにくい。銀座のバーで酒を飲んだおかげでぐっすり眠った。
 一夜明けた後楽園球場。予定調和を信じるファンが狂信者の目つきでグランドを見つめる。すべては長嶋監督の逆転日本一を実現する装置と化していた。

 阪急が1点を先制するも巨人は高田のホームラン、阪急のエラーで2対1と逆転。スタンドは地鳴りの響きに様な「ジャイアンツ」コール。マウンド上の足立投手はつぶやいた。

「もっと騒げ」

 そう、負けても命までは取られない。そう考えると楽になった。逆転されてなお満塁のピンチは伝家の宝刀・シンカーがさえ、淡口憲治を併殺に打ち取った。その瞬間、長嶋監督は敗戦後のようにベンチを蹴り上げた。

 7回、阪急は長嶋監督の予感通り、森本が逆点2ラン。8回にも福本がホームランを放ち、4対2。絶対絶命の巨人・長嶋監督は最後まで、攻め続けた。9回ツーアウトになるも原田治明がヒットを打ち、サヨナラのチャンスになる。
 代打・山本和生。総動員である。
 しかし、山本は3球三振でゲームセット。一瞬静寂のうち、日本一となった阪急ナイン、福本が、森本が泣きながら足立に抱き着いた。

「ダチさん、やったぜ」
「オレたち、負け組がとうとう土壇場でやったぜ」

最後までクールだった足立はまるで父親のように彼らの背中をさすり続けた・・・。
長嶋監督は翌年も阪急に敗れ、日本一の夢を実現出来ずに「90」番のユニフォームを脱ぐことになる。

1976年日本シリーズ
第1戦 ○阪急6-4巨人●
第2戦 ○阪急5-4巨人●
第3戦 ○阪急10-3巨人●
第4戦 ●阪急2-4巨人○
第5戦 ●阪急3-5巨人○
第6戦 ●阪急7-8巨人○
第7戦 ○阪急4-2巨人●

(文責:定年生活事務局)
参考文献:『熱闘!プロ野球30番勝負』(1990 文藝春秋)

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