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世論調査で国民の半数以上が賛成するハンコの廃止。 そもそもハンコはいつから使われるようになったのでしょうか?

2020/10/14 

安倍内閣から菅内閣に代わり、いきなり打ち出されたのが行政格の一環として出された省庁での脱「ハンコ」。新型コロナウイルスの拡大に伴い、テレワークが推奨されるようになったが、会社によっては紙文書への捺印のためだけに出社を余儀なくされる方も多数おり、結果として業務の非効率性が指摘されるようになりました。

 私たちの生活ではハンコは欠かせない道具です。例えば、宅急便や郵便の書留などでは受けとる際にハンコが必要になったりしますし、役所に行く用事があれば、ハンコはなくてはならない道具です。
 さらには結婚した際に提出する婚姻届けもハンコが必要です。

 さらにはハンコにも様々な種類があります。実印と呼ばれる住民登録をしている市区町村の役所や役場に、ご自身の戸籍上の姓名を彫刻したハンコを登録申請し、受理された印鑑から認印、さらにはシャチハタ印まで、多くのハンコが存在し、用途もまた社会的な意義も様々です。まさに日本はハンコ大国ともいえるでしょう。以下、簡単に列挙してみましょう。
・認印(みとめいん、にんいん)
・訂正印
・捨印
・角印
・法人代表印(丸印)
・銀行印
・公印
・芸術家などの落款印(らっかんいん)
などなど。

 なぜ、この様に日本では多くのハンコが必要とされているのかを振り返ってみたいと思います。

ハンコの歴史はかなり古い

 
 日本では57年頃に中国から日本に送られたとされ、1784年に九州で出土した「漢委奴国王」の金印が日本最古のものとして有名です。日本において印章が本格的に使われるようになったのは、大化の改新の後、701年の大宝律令の制定とともに官印が導入されてからと言われています。
 といっても時代がたつにつれ、ハンコではなく、花押といういわばその人にしか書けない署名印が普及することになります。よく、戦国時代の大河ドラマで花押が本物かどうか丁々発止のやりとりをすることがあるのをご覧になった方も多いことでしょう。、織田信長の「麟」字花押や羽柴秀吉(豊臣秀吉)の「悉」字花押、伊達政宗の鳥(セキレイ)を図案化した花押などが有名です。

 しかし、花押が普及したのも江戸時代ごろまで。江戸時代には、花押の使用例が少なくなり、印鑑の使用例が増加していった。特に百姓層では、江戸中期ごろから花押が見られなくなり、もっぱら印鑑が用いられるようになります。

印鑑のない文書は証拠ではない

 明治政府の時代になり、1873年(明治6年)には、実印のない証書は裁判上の証拠にならない旨の太政官布告が発せられます。花押が禁止されたわけではないものの、ほぼ姿を消し、印鑑が取って代わることとなります。
 この結果、我が国ではハンコが広く流通するようになります。
 のみならず、どんなハンコが押されているかによって書類の信用性が変わる時代となりました。さらには遺言者の場合、自筆証書遺言は、署名、日付、押印がなされていないものは効果を生じせないとされています(民法968条1項)。

 ここでいう押印を要する文書についても花押を押印の一種として認めるべき旨の見解もありましたが、最高裁は2016年6月3日の最高裁判決では、遺言書について「花押を書くことは、印章による押印と同視することはできず、民法968条1項の押印の要件を満たさない」との判断を下しました。

 今回の脱「ハンコ」のながれは行政手続にとどまらず、婚姻届けなどにも波及しそうです。
 こうした流れが「遺言書」にまで及ぶのかが注目点になりそうです。

(文責:定年生活編集部)
 



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