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やはり日本国憲法はアメリカからの押し付け? 自主憲法論の根拠ともなっているホイットニーの発言は、天皇への「脅迫」? 

2019/10/4 

1945年2月13日に、総司令部と日本政府の会談で「天皇の身体」という言葉が持ち出された云々。この総司令部の行為が、天皇の身体に対する「脅迫」であり、日本国民が自由な意思によって最終の政治形態を決定するというポツダム宣言、降伏文書の原則を破っているのではないかという点が大きな問題となった。この点が、いわゆる、「自主憲法論」の大きな前提となっている。
では、そもそもその様な発言はあったのだろうか?

コートニーホイットニー氏の発言

 1946年2月13日に、ホイットニーに随行したケイディス、ラウェル、ハッシーが会談後1時間以内にまとめたとされる記録は信ぴょう性が高く、そこにはホイットニーが次のように述べたとされている。
「最高司令官は、天皇を戦犯として取り調べるべきだという他国からの圧力、この圧力は次第に強くなりつつありますが、このような圧力から天皇を守ろうという決意を固く保持されています。これまで最高司令官は、天皇を護ってまいりました。それは彼が、そうすることが正義に合すると考えていたからであり、今後も力の及ぶ限りそうするでありましょう。しかしみなさん、最高司令官といえども、万能ではありません。けれども最高司令官は、この新しい憲法の諸規定が受け容れられるのならば、実際問題としては、天皇は安泰になると考えています。」

 この記録をどう読むかによって解釈は変わるであろう。前段を重視するのであれば、1954年の自由党憲法調査会が全面改正を要する理由の一つとして挙げられている「日本国絹布原案は、の本の実情に疎い少数の外国人によって早急に起草され、天皇の一身上の安全を条件に最後通牒的に受諾を強要された」という理解は史実を正確に伝えるものではないことになる。

 一方で、「しかしみなさん・・・」を以下に重きをおけば、松本国務大臣が受け止めたような「天皇の身体」云々とも受け止める解釈もあり得よう。
 ただ言えることは、総司令部案の原則を受け容れることが、天皇ないし天皇制を擁護するために必要不可欠であるという趣旨のことが説かれたのは疑いがないといえるのではないだろうか。

ホイットニー発言は脅迫か?警告か?

 このような趣旨の発言が、原案を呑まなければ、天皇を国際裁判に出す、呑めば出さないという一種の「脅迫」とみるか、それとも今後、押し寄せてくる可能性の高い危険性について「警告」を発したに過ぎないのか、については学説上も多くの議論が存在している。

 この点、憲法学者の佐藤達夫は、「例の天皇の身体をめぐる脅迫の有無」は「押しつけ問題のキメ手にはなりえない」とした。

  英米法学者の田中英夫も、「呑めば戦犯裁判にださない、のまなければ戦犯裁判にだす」という松本の表現は、GHQがまだ態度決定をしておらず、GHQ案の受け入れの如何で、天皇を戦犯裁判にかけるかどうかを決めるという含みを持っている。しかし、マッカーサー3原則自体が「天皇は国の元首の地位にある」としており、天皇制の維持は前から決まっていることであるから、松本の表現は「ちょっと不正確」だとする。

 戦後の代表的な憲法学者である芦部信喜は、著書の中で、当時の厳しい状況の中で、日本側にとって、それは単なる「警告」以上の不可争的な強い圧力であったことは否定できないとする。但しとして、このことは、日本国憲法が全く「押し付けられた憲法」で国民による自由な決定という自律性性の原則が無視されたということを直ちに意味するものではないとも付け加えている。

 みなさまはいかがお考えだろうか?

(文責:定年生活事務局)
参考文献:芦部信喜『憲法学Ⅰ 憲法総論」(1992 有斐閣)



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