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憲法9条の成り立ち エェツ、憲法9条はアメリカの押し付けではなかった!? 意外なる憲法9条成立過程

2020/1/5 

憲法9条に規定されている画期的な平和主義の規定が成立したのは必ずしも明確ではないとされている。
実は、平和主義を模索する数多くの国際文書がある。たとえば、①「侵略的性格の国家が引き続き陸海空の軍備を保有するならば将来の平和は維持しえないがゆえに、一層広範かつ永久的な一派ン的安全保障制度が確立されるまでの間は、それらの諸国の武装解除が必要とされるとし、侵略国の非軍事化の原則を明らかにした大西洋憲章(1941年8月14日)、②軍国主義者の勢力の否定、戦争遂行能力の破枠、軍隊の武装解除、軍需産業の不許可などの条項を含むポツダム宣言、③このポツダム宣言の各条項と同旨の内容を「究極の目的」として達成する「主要な目的」として掲げる「降伏後の対日基本政策」(1947年6月19日極東委員会決定)、④日本占領終了後25年間、日本は非武装、非軍事化の状態であるべきこと、その間、アメリカ、イギリス、中国、ソ連の4か国で構成される監視委員会を設置することを主な目的とする「日本の非武装化及び非軍事化のための条約案」(1946年6月21日公表)などがあるが、いずれも憲法9条とは直接の関係がないとされている(芦部信喜『憲法学Ⅰ 憲法総論」252頁)。

 そればかりか、占領軍は、明治憲法の改正に当たっては、戦争放棄の原則を全く含んでいない条文を考えており、第9条の草案については、民生局の当事者は戦争放棄の条項を全く関あげていないかったと述べている。

 それでは、戦争放棄を謳った憲法9条は誰が考案したものであろうか?

幣原首相の影響・・・?

 それでは、9条はマッカーサー元帥の独創かといわれれば、そうではないようである。結論から言えば、幣原首相の平和主義的思想が少なからず、影響しているとされている。この条文が幣原首相を期限とするものであるかはともかく、「日本が何らかの形で公的に平和主義の原則を宣言すべきであるという発想」に基づき、マッカーサー元帥が決定したと理解するのが最も正確内容である(前掲・芦部253頁)。

 そうすると、憲法9条はアメリカが日本を非武装化するために意図的に作成した条項であるという理解はあまり正しくないことになりそうである。

9条成立に欠かせない芦田修正

 憲法9条の成立ではさらに注意すべき点がある。それは、原案にいくつかの修正が加えられたことである。すなわち、①当初は前文に置かれるはずであった「自己の安全を保持するための手段としてのそれ(戦争)を放棄する」という文言が削除されたこと。
 ②マッカーサー草案では、「 国民ノ一主権トシテノ戦争ハ之ヲ廃止ス他ノ国民トノ紛争解決ノ手段トシテノ武力ノ威嚇又ハ使用ハ永久ニ之ヲ廃棄ス陸軍、海軍、空軍又ハ其ノ他ノ戦力ハ決シテ許諾セラルルコト無カルヘク又交戦状態ノ権利ハ決シテ国家ニ授与セラルルコト無カルヘシ」とされていた。
 ところが、③1946年3月6日の憲法改正草案要綱では「戦争」と「武力による威嚇又は武力の行使」の双方に「他国との間の紛争の解決の手段として」という条件が付されるようになった。

 さら④第1項では、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」という文言第2項では「前項の目的を達するため」という文言が加わった。これらの修正は芦田修正とよばれ、特に③と結び合って後の自衛力や防衛力を合憲と解釈する重要な役割を担ったのである。

 裏を返せば、こうした成り立ちが9条を非常に分かりにくい条文とし、後の解釈の拡張の根拠となったといえるのである。

参考条文
日本国憲法第9条
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

(文責:定年生活編集部)
参考文献:本文中に引用のもの



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