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憲法9条が持たないとする「戦力」とは具体的に何を指しているのか?

2020/3/11 

日本国憲法の象徴である平和主義。それを象徴するのが憲法9条第2項といわれている。憲法9条2項は、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と定めている。
 ここでいう「戦力」が何を意味するのか自衛隊の合憲性とも相まって、問題となっている。

自衛権の意味

 まず自衛隊について検討する前に自衛権について正確に把握しておく必要がある。芦部信喜『憲法学Ⅰ 憲法総論」では自衛権について以下の様に定義されている。自衛権とは、外国からの窮迫または現実の違法な侵害に対して、自国を防衛するために必要な一定の実力を行使する権利と定義されている。
そして、この自衛権の発動が正当化されるには、①外国から加えられる侵害が急迫不正であるという違法性の要件、②侵害を排除するためには一定の防衛行動をとる以外には他の手段も熟慮の余裕もない、③自衛権の発動として取られた防衛措置が加えられた侵害を排除するのに必要な限度で過剰なものではなく釣り合いが取れている

 という3原則を満たす必要であるとされる。警察力と同じ利益衡量といえるだろう。
 そして、この自衛権は、国際法上、国家の固有の権利として認められている。

自衛権まで憲法9条2項で放棄されている?

 この国際法で承認された自衛権まで憲法9条2項で放棄されているのだろうか?この点は多くの学説が対立している。すべてを紹介するのは、分量的に多くであるので代表的なものだけを紹介する。

実質的放棄説

 これは吉田茂首相の答弁から導き出された見解とされる。即ち、吉田首相は制憲議会で「正当防衛を認むると云ふことそれ自体が有害である」として9条は自衛権を「実質的に否認している」とも取れる答弁を行っている。
 これは自衛力は武力の裏付けを不可欠という19世紀以降の伝統的な考え方を前提にしている。ただし、この立場は政府の立場ではない。

自衛権肯定・自衛力合憲説

 自衛権とは、外国からの窮迫または現実の違法な侵害に対して実力をもって排除する国家固有の権利であるという伝統的な観念に立ちつつ、日本は9条によってすべての戦争が放棄され、「戦力」の保持も禁止されているので、自衛権の発動は戦力に至らない実力によって行うべきである。その種の実力は自衛力ないし防衛力で憲法に違反しないとする立場である。
 1954年に成立した鳩山一郎内閣(初代:自由民主党総裁)は防衛問題に積極的に取り組み、武力による攻撃に対し、国土を防衛する手段として武力を行使することは憲法に違反しないという「武力による自衛権」論を正面から主張し、これが政府の公的な解釈として定着する。

最高裁判所の立場

 安倍内閣で行われた集団的自衛権の限定行使容認の理論的根拠となった砂川判決。この事件は日米安保条約に基づく駐留軍の合憲性が争われた事件であるが、最高裁判所は、9条2項がいわゆる自衛のための戦力の保持をも禁じたものであるか否かは別として”と述べており自衛権そのものは認めているが、自衛権行使の為に自衛隊を保持することが合憲とは言っていないといえよう。

 この様に最高裁判所は判断を避けているが、9条2項によって一定の戦力に至らない実力を有するための自衛権を持つことは許容されるという解釈へとなった。次はその「実力」がどの程度ならば許されるのかというステージにつながっていく。すなわちどの程度が「戦力」かという問題である。

戦力を持つことの学説状況

 この「戦力」をめぐる学説も実に多くの見解がある。代表的な見解は以下の様な見解である。

・潜在的能力説
・警察力以上の実力説
・近代戦争遂行能力説
・最小限の実力説

 このうち、潜在的能力説は一切の潜在的能力を戦力として捉える。この学説では港湾施設なども戦力と考えるので、経済活動にさえ、影響が出ると言われ支持されていない。2番目の警察力以上の実力説によれば、有事(戦争)になれば転化できる戦力を「戦力」と捉えるので、現在の自衛隊は「戦力」になってしまう。

 近代戦争遂行能力説は現在の政府の立場であるとされる。当初は政府の警察力以上の実力説をとっていたが、1952年に日米安保条約が締結されると、警察予備隊に代わって保安隊(現在の陸上自衛隊)・警備隊8現在の海上自衛隊)が整備された。それが「戦力」にあたるのではないかという意見が沸騰した。そこで、政府は、1952年に吉田内閣の下で、「戦力に関する統一見解」を発表した。要約をすると、

①憲法9条2項は「戦力」の保持を禁止している
②「戦力」とは近代戦争遂行に役立つ程度の装備・編成を備えるものをいう、
③「戦力」の判断は、その国の置かれた時間的・空間的環境で判断する
④「陸海空軍」は戦争目的のために組織編成された組織体を言い、「その他戦力」とは、本来は戦争目的を有せずとも、実質的にこれに役立ちうる実力を備えたものをいう
⑤「戦力」とは人的、物的に組織された総合力である。
⑥「保持」とは我が国が保持の主体となることを示す。米国駐留軍はわが国を守るために米国が保持する軍隊であるから憲法9条の関するところではない。
⑦「戦力」に至らない程度の実力を保持し、これを直接侵略防衛の用に供することは違憲ではない。
⑧保安隊及び警察隊は戦力ではない。保安隊の装備編成は決して戦を有効に遂行しうる程度のものではないから憲法の「戦力」に該当しない。

 しかし、この立場では何が近代戦争遂行に役立つ程度かが全く分からないという批判がされた。

 その後、政府は岸内閣で「自衛隊はわが国を防衛するための必要最小限の実力組織であるから憲法に違反するものでない」という最小限の実力説を採用。こうした解釈がとられている。

 以上が憲法9条と整合されるための解釈の変遷である。

(文責:定年生活編集部)
参考文献:本文中に引用のもの



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