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法事について

2012/6/19  本山音子 さん

定年後|法事
先日親類の法事がありました。

人が亡くなると、故人の意思とはほとんど関係なく一様に葬儀を含む法事が営まれます。通夜から始まり、葬儀、四十九日、新盆、一周忌。亡くなった年はなんと四回です。
つどお坊さんが呼ばれ、親類やとなり組の人々が集うこともあり、遺族は多方面での負担を余儀なくされます。
老齢人口が増え、非婚や少子化がすすむ中、葬儀ほか法要のありかたもまた変ってもよいのではと思います。
非難を承知で言えば、形ばかりのセレモニー法要はできるだけ省略してもよいのではと考えるのです。

知人の身内が昨年七月に亡くなりましたが、ことしは七月に一周忌、翌八月は新盆だと聞いて、続けてそんなことをしなくても一周忌と新盆をまとめてやればよいのではと言ったところ、自分もそう思うのだけれどお寺に相談したら、供養を面倒くさがってはいけない、それぞれ別々にきちんとやるようにと言われたそうです。

多くの人々は法事を省略することに、故人や先祖の霊をないがしろにするもので罰当たりではないか、という負い目や後ろめたさを感じます。
そしてそれは何か悪いことが身にふりかかったときに「ご先祖様を粗末にするからだ」という絶好の「理由」 にされてしまうことに対するおそれです。

・・・人の弱みにつけこむというこの感じは、巷にあふれる霊感商法とさして違いはありません。

でも考えてみてください。
世の中はご先祖様を大切にしていたからさまざまな難を逃れたと確信している人よりも、ごくごく普通に義理を果たしてきたにもかかわらず、不運とよばれるもの、病気・事故・離婚・破産・離散・不妊などの悩みを抱える人のほうが、ずっと多いのではないでしょうか?

いまや法要は、弔いに続く本来の供養的な意味が薄れ、単なる義務感だけで葬儀屋さんのすすめる「セット」儀式によって体裁を取り繕っている場合が多いのではないかと感じます。
故人のためというよりも遺族が世間に対して恥ずかしくないことが優先されているのです。

さて、お坊さんたちは心をこめて読経しているでしょうか?
先日の法要でやってきたお坊さんは比較的大寺の住職でしたが、畳のへりを平気でずかずかと踏んで歩いていましたし、戒名の由来の説明もなければ、法要後のお話もテレビコマーシャルでやっているような「あなたがいるのはたくさんのご先祖様のおかげ」という程度のものでハッキリいうと辻説法以下。
ありがたみ? 申し訳ないですが、まるで感じませんでした。

「どうして生きるのか」「生きることは何なのか」を言い過ぎるんだ、今の時代は。
何にでも意義(理屈)や理由を求めるいっぽうで、まるっきりセレモニー化した弔いや法要には疑問を持たない鈍感さ。
法事が来るたびに、穏やかではないこのごろです。

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