招かざる時
2011/7/23 五月 さん若かりし日、夫と共に「無趣味が趣味」などと笑い合い、家にいるのが大好きであった。
歳月は、幻のようにたちまち移ろい、断りもなくやってきた。「退屈」という「とき」。
足は萎え外出もままならないわたし。今年は好きな作家の本を一冊も読まなかった。定年が見えてきた息子より、瀬戸内寂聴著『奇縁まんだら』。還暦近くの娘が出る度届けてくれた佐伯泰英の、シリーズもの『居眠り磐音江戸双紙』。宮部みゆきの『初ものがたり』を読んだのみ、それも居眠りをしながら。読書にも根気がなくなり夢中になれない。口にしたくなかった退屈という言葉を、娘の前で出してしまった。と娘が「九六色のクレヨンがあるから、塗り絵でもしたら」と言う。勤めるようになった息子が、クレヨンを捨てると言ったとのこと。あまり使ってないからと、わたしにお鉢が回ってきたわけ。孫のお下がりである。
その言葉にわたしは、幼児の塗り絵を想像していた。ところが届いてびっくり、千円なりのりっぱな一冊。秋の花編『大人の塗り絵』十一点の絵と、その下絵入りの画用紙付きである。
絵心のないわたしが、「どれどれ塗ればいいんでしょ」とばかり、始めてはみたものの・・・。
手本のような色は出ない。特に葉の色が。緑、空色、黒、いろいろ重ねても陰影がつかない。色鉛筆で細い線をと、工夫しても駄目。
何とか見本に近づけようと苦心惨たんの結果。野ブドウの一番大きな葉が、とんでもない色になり果て、がっくり。「とり返しつきませーん」。「好きな色で仕上げればいいのよ」。娘は気楽な事を言う。わたしの性格知ってるくせに。『秋の花編』は仕上がらないまま、わたしは、深く深く透き通る冬空の色を見上げるばかり。
二人で楽しんだゲームはほこりをかぶり、無口な夫でもいなくなると、思ってもみなかった「退屈」という魔物が、容赦なく襲いかかってくる。
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