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架空と現実(1)

2012/12/5  五月 さん

定年後の生活
彼女は、小さな旅に出た。
「出かけてくるね」
夫に声をかけ、家を出るとすぐ左に曲がり、東へ向かう道を選んだ。ほんの少し行った所で、見馴れた風景が一変していることに気がついた彼女は、向こうから来る五、六人の老いた男女に尋ねた。
「本町へ行きたいんですが、真っ直ぐ行ってだいじょうぶでしょうか」
不思議なことにみんな怪訝な顔で彼女の顔を見て通り過ぎてしまう。

畑中の道、左側はゆったりとした川の流れ、向こう岸の瀬には長い藻が、ゆらゆらと水と遊んでいる。どこかで見た川の風景である。反対側には、ぽつんぽつんと小さな家が見える。一軒だけ道に面した家があり、頭がつかえてしまいそうな軒下に、人影が見えたので彼女は駆け寄って聞く。
「ここは何という町ですか」
老いかけた女性もまた、答えはなく、彼女をまじまじと見つめるばかり。
「わたしは本町へ帰りたいのですが、道に迷ってしまって」
も一度尋ねたが無言。黙って頭を下げた彼女は、東へ向かってたはずだからと、来た道を引き返す。しばらくすると、広い通りに出た。その道は、彼女の町の中央を南北に貫く道にそっくりであった。人通りはないが、あの店で聞けばわかるだろうと、二軒並ぶだけの店らしき家に声をかけ、戸を開ける。
「お尋ねしたいんですが、ここは何という町ですか」

土間に座り込み、柱に寄りかかっていた老人は、ほおひげだらけの顔を上げたのみ。もう一度尋ねたが、黙したまま。間をおかず隣の家からいきなり入ってきたおばあさん。
「教えてやればいいじゃないか」
と言うなり、手にした火箸のような物で、老人の寄りかかる柱に、「朝火村」と二回書いた。残らない字を彼女はちゃんと読み取っている。知らない村の名である。
老婆の姿は、束の間に消えて、いずこへ、と姿を求める彼女の頭に、ふとひらめいた郵便局。
「近くに郵便局はありますか」
と聞く。よろよろと外に出てきた老人。歩けたんだと驚く彼女に目もくれず、今彼女の来た道を指さす。
「四つぐれい行くとある」
しわがれ声で言うと、また、よろめくように柱にもたれこむ。
彼女は、腰が曲がるほど深々と頭を下げ、戻らねばならない道を眺めた。
「あぁあ、郵便局は東か、家は西のほうなんだけどなぁ」
溜息をつき、くるりと後ろ向きになると、そこには、思いもよらない風景が点在していた。彼女は息をのむ。
畑の中に赤煉瓦洋風づくりの家が数軒、その向こうにコンクリートの四階建てが二棟。
「あの高い建物見たことあるけど、どこだっけ」
彼女はあの建物に行けば家へ帰れるような気がしたが、でも、と思い返し、東へ向かって一歩踏み出そうとした瞬間。彼女の体は硬直したと見る間に、名も知らない一本の立樹に変わっていた。

(※続きは、明日掲載いたします)  架空と現実(2)

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