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架空と現実(2)

2012/12/6  五月 さん

老人の生活

(※昨日からの続きです)  架空と現実(1)

「あぁ夢か。びっくりしたぁ」
狂った雨戸の透き間が、夜明けを知らせ、時計の針は、五時二十分を指していた。

夢の中のわたしは、彼女の行動をずっと見ていた。家を出たのは、現在のわが家だったから、彼女はわたしのはず、もう一人のわたしがいたのか。
畑の中なのに作物の映像はなく、すぐ道に迷い、ふる里の町名などを尋ねている。登場人物はすべて老人。風景も店内も灰色一色に沈み、靄がかかったようであった。
言葉を発した二人には、何の感動も覚えず、郵便局で聞けばわかると思いついた時の、彼女の声は、浮き浮きとはずんでいた。そこまでの時代は、いつだったのか。道路一本を境に、黄泉の世界と現世の違いがあった。郵便局が、四つぐれい行った所とは、何が目印だったのか。何が四つなのか?

ゆるやかな川の流れは、わたしが六十年近く前に住んでいた栃木県栃木市の、街中を流れていた川であった。結婚しても戦後の住宅難で夫と別居。夫家族の疎開先に置いてもらっていた。お使いに出たとき、橋の欄干にもたれ、川面を眺めて寂しさ、悲しさを押さえ込み、気を取り直した。
ふる里浅間山麓を流れる千曲川の支流と異なり、平地の静かな流れに、長い藻が漂うさまと、所々に小さな渦が巻いているのが珍しく、自分の境遇が藻と同じに思えた。のちに、映画「路傍の石」の撮影現場となり、かっては、舟運で栄えた蔵造りの家に面する「うずま川」と知った。

衣食住の乏しかった時代、「嫁」の立場で眺めた川が、夢の中では無彩色の空間に、唯一鮮明に水のきらめきと藻の青さを、映し出していた。
四階建ての二棟は、五年間住んだ東京のJR四ッ谷駅に近い公務員宿舎であった。
六畳・四畳半・三畳と、うなぎの寝床のようなお勝手。あのコンクリートの建物が、脳裏の奥の奥に、しっかり閉じ込められていたということか。

足のしびれで眠りの浅いわたしは、よく夢を見る。すぐ忘れる夢ばかりだけれど、たまに鮮明な映像として残る夢もある。昨夜のように、道路を境に場面展開があったり、だれとも知れない主人公が樹木になったり。夢とは何と奇妙なものか。
朝のひと時、夢に見た風景に、遠い日の記憶が蘇る。
太平洋戦争後、国家公務員だった夫に与えられた官舎は、四畳半。トイレ炊事場は共同。家族宿舎も同様、洗濯場もなく、炊事用の流しでオムツを洗わねばならなかった。その生活の中で、せめて共同でもいいから、洗濯場が欲しいと願った切実な夢。

どかんと、大きな夢など思い描く持ち合せもなく、その時々、主婦の立場からの小さな夢は見たものの、それはやっぱり、他愛のないものばかり。
夫の退職で最初に取得した家には、少しばかり庭があったので、庭石を入れ、石に添わせる下草は、あれにしようなどと思い描いたささやかな夢。現在の家の庭は狭いけれど、老いた身には充分であることを思えば、庭ともいえないような広さだった庭、今となってみれば、どうでもよい夢であった。

行き当たりばったり、豆粒ぐらいの夢を実現させて満足し、幾星霜ただただ、成り行きに任せて生きてきたが、たった「ひとつ」見続けている夢がある。
見果てぬ夢かもしれないと思いつつも、どこにでもいるおばさんの、生きてきた証を残すべく、わたしは今日もペンを持つ。

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