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洞海湾沖仲士

2013/9/25  もっちゃん さん

シニアの思い出|働く 私は、昭和20年6人兄弟の下から2番目の男一人、つまり長男として生まれた。大分県立の高校を卒業した年、地方大学の商学部へと進学した。
既に姉たちは嫁ぎ、家には両親と妹私の4人がいた。

大学へ進学以来、在学中、現役サラリ-マンを退いた父に出来るだけ負担をかけまいと、色々なアルバイトをしてきた。
大学の紹介など単発のものも含めると、20以上のアルバイトになろうか。
大学4年次になると、ほとんどの単位は修得していまい、授業に出るのは週1日になった。
その余裕からか、今度は自分で見つけようと一人北九州の小倉から門司港へと乗り込んでいった。

昭和40年代初め頃、関門海峡の中にある北九州港には、十数個のブイが浮かんでいた。
高度成長期の真っただ中、数多くの外国の貨物船がそのブイに繋がれ停泊していた。
貨物船と港との間は、「はしけ」で積荷を運んでいたし、多数のポンポン船や曳船が港内を往来して賑やかだった。

コンテナ船が主流になった今日では、当時盛んだった沖仲士の仕事自体はもう見られない。
「はしけ」の並ぶ船だまりには、港独特の匂いがした。

船だまり沿いの道を歩いていくと、港の一角にふと食堂風の建物が目に入った。
思いきって木製の扉を開けた。
そこには、こわもての男たち十数人がたむろしており、その中に細身だが、一見貫禄のある映画に出てきそうなおじさんが目の前にいた。
「学生ですが、仲士の仕事をしたいのですが・・・・」

そのおじさんは、偶然にも、手配師、請負師だった。
優しそうな物言いで「ほんなら明日からここへ来い」すんなりと決まった。
体力を使う仕事だが日当がよいのが魅力だった。
日雇いであり、海峡内のどのブイの船のどんな仕事が廻ってくるか、その日の朝にならないと分からなかった。

10月、ポンポン船で「はしけ」へと向かう間、玄界灘から関門海峡を吹き抜ける風はさわやかだった。
「はしけ」の上で板切れが混じった材木類を束ね、クレ-ンから降りてくるワイヤ-を掛ける仕事、ベトナム戦争のさなか、戦地へと積み出すセメント袋を積み込む仕事もあった。
ホコリのもうもうと立つ船倉の中央にセメント袋の乗ったハンモックがクレ-ンから降りてきた。
顔にタオルを巻いてそれを1袋ずつ抱えて船倉の端の方から積み上げていく。
きつい仕事、楽な仕事など次々とこなしていった。
船倉から見上げるクレ-ンも古い船、新しい船で様々だった。

蒸気機関を使い、蒸気をけたたましく吹き上げながら「ガタガタガタ」と大きな音を立てて、ワイヤーを巻き上げ運転する古い貨物船があったし、電動モ-ターを使い静かに運転する船もあった。
荷揚げ作業会社の熟練オペレ-ターが一切を取り仕切り、外国人の船員たちは知らぬ顔をして船の通路をうろついていた。

そんななかで忘れられない想い出がある。
いつものように仲士の仕事をしていると、世話役のおじさんが近づいてきた。
「このままオ-ルナイトをやるか?」「お願いします」オールナイト即ちこのまま朝まで仕事を続けることだと分かった。

夜の部は、電車に乗って洞海湾へと向かった。
日当は3,800円だった。翌春に就職する私の初任給が3万円の時代である。
この頃、体のきつさは、さほど感じなかぅった。一晩寝ればすぐに回復した。

洞海湾の海の色は、茶色を通り越してチョコレ-ト色だった。
湾内の若戸大橋のすぐ近くに大きな貨物船が停泊していた。
岩塩を船倉いっぱいに積んだ船からクレ-ンで次々に吊り上げ降ろしていく。

なんと、大きな船倉には小型のブルド-ザ-が入れてあった。
船倉の真ん中あたりの岩塩が汲み上げられて穴が空いたように急傾斜になっていく。
その穴の方へ周囲の岩塩をブルド-ザ-で押して落とし込んでいく。

私は一人でスコップを持ち、その補助をする仕事だった。
船倉の中で慣れない手つきで黙々とスコップをかいた。

夕闇迫るころ、洞海湾の入口の方から、ポンポン船が独特の音を響かせながら夕食用の弁当を運んできてくれた。
すっかり暗くなって夕食の時間が来た頃、上甲板に一人座り込んで弁当を広げた。

満月のお月さんが何かを語りかけるように、広い甲板を皓皓と照らしていた。
お月さんを見上げながら食べた握り飯の美味しかったこと、薄明かりの中で静かに物思いにふけったことなどは、つい昨日のことのように思い出す。


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